マレーシアで現地法人(Sdn Bhd)を設立しようと調べ始めると、必ず出てくるのが「ノミニーディレクター」という言葉です。
日本語だと「名義取締役」「名義貸し」と訳されることもあり、なんとなく怪しい響きに感じるかもしれません。ですがこれは、マレーシアの会社法が求める要件を満たすための、実務上ごく一般的な仕組みです。
私も2025年にマレーシアで法人を設立する際、この仕組みを利用しました。この記事では、なぜ必要なのか、費用はどれくらいか、そして見落とされがちなリスクを、実体験を交えて整理します。
⚠️ 前提
会社法の要件や費用相場は改定されます。この記事は2026年7月時点で調べた内容と、私自身が2025年に設立した経験に基づく個人的な記録です。実際の手続きにあたっては、公式情報(SSM/CCM)および有資格の専門家に必ずご確認ください。
1. なぜノミニーディレクターが必要なのか
理由はシンプルで、マレーシアの会社法が「マレーシア居住の取締役」を求めているからです。
会社法2016(Companies Act 2016)のSection 196では、非公開会社は取締役が最低1名必要とされ、かつその法定数の取締役は、マレーシアに主たる居所を置き、通常マレーシアに居住している者である必要があります。
ここで問題になるのが、日本から新規に進出する場合、自分はまだマレーシアに居住していないという点です。就労ビザ(EP)を取得すればこの要件を満たせますが、EPは法人がないと申請できません。
つまり、
- 会社を作るには → 居住取締役が必要
- 居住取締役になるには → ビザが必要
- ビザを取るには → 会社が必要
という循環に陥ります。この入口を突破するために使われるのが、マレーシア在住の人物を居住取締役として選任する(=ノミニーディレクター)という方法です。
なお、この居住要件はマレーシア国籍者だけでなく、永住権保持者や就労ビザ保持者でも満たせます。「マレーシア在住の日本人」でも要件上は問題ありません。
2. 【重要】「居住取締役2名」は古い情報です
ここは特に注意してほしいポイントです。
ネット上には今でも「マレーシアでは居住取締役が2名必要」と書かれた記事が残っています。これは旧会社法(Companies Act 1965)の要件です。
現行の会社法2016では、非公開会社の取締役は最低1名に変更されています(公開会社は2名)。
古い記事を読んで「2名分のノミニー費用がかかる」と思い込むと、予算を過大に見積もることになります。逆に、依頼先から2名分を請求された場合は、その根拠を確認したほうがよいでしょう。
制度改定が入っている領域なので、必ず現行法ベースの情報で判断してください。
3. ノミニーディレクターはどう用意するのか
結論から言うと、設立を依頼するコンサルや代行会社が用意してくれるのが一般的です。
自分でマレーシア在住の知人に頼むことも理屈上は可能ですが、後述するとおりノミニーには法的な責任が発生するため、安易に個人へ依頼するのは双方にとってリスクがあります。
私の場合
私は現地の日系会計コンサルに設立を依頼しましたが、このノミニーディレクター(居住取締役)と、後述する会社秘書役をまとめて用意してもらえました。
正直に言うと、ここは任せて正解だった部分です。自分で現地の人を探して依頼するとなると、「その人は信頼できるのか」「責任の範囲をどう取り決めるのか」を自力で判断しなければなりません。初めての海外法人設立でそこを詰めるのは、かなり難しいと感じました。
4. 費用の目安
費用は依頼先によって幅がありますが、私が支払った感覚では、居住取締役と会社秘書役を合わせて月額RM1,000台後半〜というレンジでした。多くの場合、年間契約の形になります。
| 項目 | 費用のイメージ | 補足 |
|---|---|---|
| ノミニーディレクター(居住取締役) | 月額制。年間契約が一般的 | 依頼先により幅がある |
| 会社秘書役(Company Secretary) | 月額制+都度費用 | 議事録作成などは都度発生することも |
ここで重要なのは、これが「設立時の一度きり」ではなく、毎月かかり続けるランニングコストだという点です。
設立費用の見積もりだけを見て判断すると、この月次の固定費を見落とします。会社を維持する限り発生し続けるので、年額に換算して事業計画に入れておくことを強くおすすめします。
5. 見落とされがちなリスク:名義だけの話ではない
ここが、この記事で最もお伝えしたい部分です。
「ノミニー=名前を貸すだけ」と考えていると危険です。ノミニーであっても、法的には通常の取締役と同一の義務と責任を負います。
具体的には、
- 任命者(あなた)の指示よりも「会社の最善の利益」を優先する義務がある
- 法令違反があった場合、罰金・禁錮刑・取締役資格停止の対象になり得る
つまり、ノミニーは「あなたの言うことを何でも聞く名義人」ではありません。会社の利益に反する指示には従わない立場にあり、それが法律上の建前でもあります。
この点を理解しておくと、次の2つが見えてきます。
① 信頼できる相手に依頼する必要がある形式上の名義人であっても、法的には取締役です。会社の登記情報に名前が載り、責任を負う立場になります。だからこそ、実績のある事業者を通すのが安全です。
② 安さだけで選ぶべきではない費用が極端に安い場合、その裏に何があるのかを確認したほうがよいでしょう。取締役という立場に伴う責任を考えれば、相応の対価が発生するのが自然です。
6. 会社秘書役(Company Secretary)とは別物です
ノミニーディレクターと混同されやすいのが、会社秘書役(カンパニーセクレタリー)です。これは別の役職で、こちらも法律上必須です。
会社法2016では、法人設立後30日以内に、マレーシア居住者の会社秘書役を1名任命する義務があります。そして重要なのが、会社秘書役には資格要件があるという点です。取締役には特別な資格が求められないのに対し、会社秘書役は法定団体から資格を付与された人物、またはCCM(SSM)にライセンスを登録した専門家でなければなりません。
会社秘書役の主な役割は次のとおりです。
- SSM(CCM)に対する年次申告や登記事項変更の届出
- 取締役会・株主総会の議事録の作成・保管
- 株主・取締役・資本金などの変更手続き
実務では、コーポレートサービスプロバイダーやコンサルに外部委託するのが一般的です。
実体験:秘書役は「書類の要所」で必ず出てくる
会社秘書役は、設立時だけの存在ではありません。私の場合、銀行口座の開設手続きで、理事会決議への秘書役の承認が必要になりました(詳細は法人口座が半年開かない記録に書いています)。
つまり、秘書役と連絡が取れない状態だと、銀行手続きすら止まります。「登記のための形式的な役職」ではなく、実務の要所で必ず登場する相手だと考えておいてください。
7. EP取得後は自分に切り替えるのが基本
ノミニーディレクターは、永久に使い続ける前提のものではありません。
一般的な流れは、
- 設立時はノミニーディレクターで居住要件を満たす
- 会社ができたらEP(就労ビザ)を申請
- EPを取得して自分がマレーシア居住者になったら、自分(または自社の駐在員)を居住取締役に切り替える
という順序です。切り替えれば、その分のノミニー費用も不要になります。
私自身、現在はEP取得に向けて動いている段階です(設立からEP取得までの流れはこちらの記事にまとめています)。「ノミニーは当面の橋渡し」という位置づけで考えるのが、費用面でも実態としても健全だと思います。
まとめ
- ノミニーディレクターは、会社法2016 Section 196の居住取締役要件を満たすための実務的な仕組み
- 「居住取締役2名」は旧会社法の情報。現行法では非公開会社は最低1名
- コンサル経由で用意するのが一般的で、自分で人脈を探す必要はない
- 費用は月額のランニングコスト。設立費用とは別に年額で計算しておくこと
- ノミニーでも通常の取締役と同じ義務と責任を負う。名義貸しという軽い理解は危険
- 会社秘書役は別の必須役職で、資格要件がある。実務の要所で必ず絡む
- EP取得後は自分に切り替えるのが基本の流れ
免責事項:本記事は筆者個人の体験と調査に基づく情報提供であり、法務・税務に関する助言ではありません。会社法の要件・費用相場は変更される場合があります。実際の手続きにあたっては、公式情報および有資格の専門家に必ずご確認ください。

